中国 ~100年遅れの帝国主義~ まとめ

侵略国家チャイナの愚かな野望を糾弾するためのまとめブログ

タグ:日本

1: シャチ ★ 2018/08/21(火) 14:42:55.23 _USER9
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8/21(火) 5:51配信 時事通信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180821-00000008-jij-eurp
 【ロンドン時事】第2次世界大戦中に日本軍の攻撃を受けて沈没し、今も東南アジアの海底に残されたままの英海軍の戦艦などが、鉄くずを狙う中国の海賊による略奪の被害を受けていることが分かった。

 英政府は事態を憂慮し、マレーシア、インドネシア両政府と連携して調査に乗り出す意向を示した。英紙デーリー・メールが20日までに報じた。

 同紙によると、被害を受けているのは1941年のマレー沖海戦で日本軍に沈められた戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」や同「レパルス」、42年のスラバヤ沖海戦で撃沈された重巡洋艦「エクセター」など計10隻。

 海賊は船からおの形のいかりを下ろして沈没艦を破壊し、クレーンですくい上げる方法で金属を回収しているという。

 艦内には今も1000人以上の遺体が残されており、ウィリアムソン英国防相は「戦争の遺物はそのまま残されるべきで、艦内に残る遺体も安らかな眠りを妨げられてはならない」と強く非難した。 

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1: 孤高の旅人 ★ 2018/08/21(火) 04:59:40.26 _USER9
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小池都知事 尖閣諸島購入の寄付金14億円の使途検討へ
2018年8月21日 4時18分
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180821/k10011583851000.html

東京都が沖縄の尖閣諸島の購入資金などとして集めたおよそ14億円の寄付金の使いみちが、島の国有化から6年近くになった今も決まっていない問題で、小池知事は政府と相談しながら具体的な使いみちの検討を進める考えを示しました。
沖縄の尖閣諸島をめぐっては、6年前に東京都の当時の石原知事が、都として購入する計画を明らかにし、購入資金などとしておよそ14億円の寄付金を集めました。

しかし、その年に尖閣諸島が国有化されたため、この寄付金はその後、都の基金として管理され、政府が島の活用策を示した際に託すことになっていますが、具体的な使いみちはいまだに決まっていません。

これについて、東京都の小池知事は20日夜、都内で行った講演で、「多くの方々が熱い思いで寄付をした14億円が宙に浮いている状況で、塩漬けになっている」と指摘しました。

そのうえで、小池知事は「この眠っている14億円を、人工衛星による監視システムを作ることなどに使うことが、心を寄せた方々に応えることになる。政府と相談しなければならないが、せっかくの思いに応えるという方向性を持たせていくことも必要だ」と述べ、政府と相談しながら具体的な使いみちの検討を進める考えを示しました。

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1: (?∀?(⊃*⊂) ★ 2018/08/20(月) 13:42:56.43 _USER9
従業員に売春行為をさせるために個室を提供したとして、東京・豊島区の個室マッサージ店の経営者の男が逮捕されました。

大内一明容疑者(52)は先月、豊島区の雑居ビルで中国人の女性従業員に売春させるため、
店の個室を提供した疑いが持たれています。

警視庁によりますと、店に看板などはなく、路上で「60分1万円です」などと男性客を勧誘していたということです。
店は去年6月から営業していて、30代から50代の中国人女性6人が働いていましたが、
そのうち3人の在留資格は失効していました。取り調べに対し、大内容疑者は黙秘しています。

http://news.livedoor.com/article/detail/15183088/

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1: ◆mZB81pkM/el0 (茨城県) [GB] 2018/08/20(月) 07:36:57.15 BE:844481327-PLT(12345)
スイス・ジュネーブで16日から2日間開かれた国連人種差別撤廃委員会の対日審査会合に合わせ、日本沖縄政策研究フォーラム理事長の仲村覚氏は16日のランチミーティングブリーフィングでスピーチし
「沖縄県で生まれ育ったすべての人々は日本人として生まれ、会話し、勉強し、仕事してきた。日本の少数民族などと意識したことはない」と述べ、県民を先住民族と認定することをやめるよう訴えた。

同委員会は2014年、沖縄の人々を先住民と認定する勧告を出した。
仲村氏は「県民に先住民勧告を出すことは国際社会に誤解を与え、県民に対する無用な差別や人権侵害を生み出すことになる。早急に撤回し、再発防止策を講じてほしい」と求めた。

https://www.yaeyama-nippo.com/2018/08/20/
先住民族「撤回を」 国連で仲村氏スピーチ
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1: 名無しさん@涙目です。(dion軍) [IT] 2018/08/19(日) 12:24:08.40 BE:479913954-2BP(1931)
「なんぼでも」教え、今は挑む 「松下」と中国の40年

 中国が外国の投資や技術を受け入れて経済を振興させる「改革開放」を1978年に始めて40年。世界2位の経済大国にのし上げた政策を語る時、日本企業が果たした役割は計り知れない。
中でも切っても切り離せないのがパナソニックだ。ただ、その立場は教える側から追いつき追い越される側へと変わった。さらに今、中国で挑む側に変わろうとしている。

 6月25日、北京市北東部のブラウン管工場跡地に「松下記念館」が開館した。展示は、パナソニック創業者で「経営の神様」と呼ばれた故・松下幸之助の生涯や哲学から始まる。
設置の理由について、中国・北東アジア総代表の横尾定顕は「『松下』ブランドを武器にしたいという思いがある」と打ち明けた。

 「近代化をお手伝いいただきたい」。1978年10月28日、大阪府茨木市にあった松下電器産業(現パナソニック)のテレビ事業部を中国副首相の
鄧小平(トンシアオピン)が訪れた。「なんぼでもねえ、お手伝いいたします」と幸之助。「21世紀はね、世界の繁栄の中心はアジアに来ると思う。中国と日本が中心になります」

 中国を混乱させた文化大革命は76年に終わったばかり。経済の命運を誰もが測りかねているなか、幸之助は快諾した。
その背景を、同社の中国事業を初期に手がけた青木俊一郎(日中経済貿易センター相談役)は「創業者は、繁栄による幸福について真剣に考えていた」と振り返る。

 鄧は「今回の訪日で近代化とは何かがわかった」という言葉を残して帰国。直後の78年12月、中国共産党11期3中全会で改革開放を打ち出す。

 松下の中国進出は本格的な外資受け入れの試金石となった。その後2回にわたり訪中した幸之助は鄧と会談。87年9月、北京市と合弁で、北京・松下彩色顕像管(BMCC)の設立にこぎつけた。

 89年6月3日に第1号のブラウン管を生産したが、翌日に天安門事件が発生。銃声がとどろく中、従業員は徒歩で出勤し、生産を続けた。政府肝いりで育てた家電産業の中核・テレビメーカーに供給し、初年度から黒字を達成した。 

 松下は人材育成にも力を入れた。BMCC立ち上げに際し、松下は250人を日本に招いて生産技術を教えた。後にBMCC会長となる範文強は、その第1陣5人のうちの1人。 
87年12月から8カ月半を日本で過ごした。「中国企業の幹部にはBMCCが育てた人材も多い」と話す。 

 BMCCを皮切りに、松下は中国各地で家電の生産に乗り出した。「豊かさ」を求める中国人に、家電という概念を広めていった。 

https://www.asahi.com/sp/articles/ASL8F4KFQL8FULFA00C.html

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