中国 ~100年遅れの帝国主義~ まとめ

侵略国家チャイナの愚かな野望を糾弾するためのまとめブログ

カテゴリ: 歴史

1: 樽悶 ★ 2021/10/03(日) 20:14:02.37
 日本人のルーツについては、土着の縄文人と大陸から渡来した弥生人の混血という説がこれまで有力視されてきた。しかし、中国メディアの百家号はこのほど、最新の研究結果で新たな説が浮上したことを紹介する記事を掲載した。

 中国では「秦の始皇帝」から不老不死の薬を探すよう命を受けた「徐福」という人物が、大勢の若い男女を引き連れて日本に渡ったという伝説が広く知られているためか、日本人のルーツに興味を持つ中国人は非常に多い。

 記事が紹介したのは、金沢大学や鳥取大学などの国際研究チームが行った研究で、12体の古代日本人のDNAを解析したものだ。このうちの3体は金沢市で見つかった約1500年前の古墳時代の人骨で、DNA解析から、縄文人や弥生人にはなく、現代日本人に見られる東アジア人特有の遺伝的な特徴が見つかったという。

 記事は、今回の研究によって、日本人のもう1つの先祖集団として「古墳人」が新たに浮上してきたとし、この集団には織物や土木の知識があり、大陸から日本に「古墳を作る技術」を持ち込んだと伝えている。実際のところ、1991年の時点ですでに日本の学者が、中国大陸から渡ってきた弥生人と土着の縄文人の混血が日本人のルーツという説を出していると記事は指摘した。しかし、今回の研究結果をもとに、一部では「現代日本人の直系の祖先は古墳人と考えられる」と主張する声もあると伝えた。

 記事は、この新説について、多くの日本人は受け入れているようだと伝えているが、今わかっているのは日本人の先祖にはいくつものルーツがあり、大陸からの渡来人はその1つということであり、今後はまた新たな発見があるかもしれないということだろう。(編集担当:村山健二)

2021年9月30日 11時12分
https://news.livedoor.com/article/detail/20949292/

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1: みの ★ 2021/09/17(金) 10:48:04.99
 満州事変の契機となった柳条湖事件(1931年)から90年の節目の日を前に、中国・瀋陽市で事件と関わりの深い中国軍の兵営「北大営」の建物の修復が進められている。中国国営新華社通信は今年2月、事件当日の9月18日に向けて記念館として整備されると報じていた。

 事件では、日本の関東軍が柳条湖付近の南満州鉄道の線路を爆破し、「中国軍のしわざ」として張学良が率いる中国東北軍を攻撃。その際に攻め込んだのが北大営だ。3棟のれんが造りの平屋の建物が残っていて、7月ごろから本格的な改修工事が進められている。現地に掲げられた計画図によると、3棟が記念館の建物として歴史史料の展示などに利用されることになっている。

…続きはソースで。
https://digital.asahi.com/articles/ASP9J64BTP9BUHBI03Q.html
2021年9月17日 7時00分

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1: カンピロバクター(北海道) [CY] 2021/08/15(日) 13:45:53.16 BE:294225276-PLT(13000)
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 菅義偉首相は15日、東京・日本武道館であった全国戦没者追悼式に参列し、式辞を述べた。式辞では、安倍晋三前首相が昨年初めて用いた
「積極的平和主義」の文言を使用する一方、戦争の「教訓」や近隣諸国への加害責任には今年も触れなかった。式辞の大半は前年と似通っており、「独自色」が見えにくい内容となった。
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6401733

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1: 白黒(宮崎県) [US] 2021/07/05(月) 10:57:22.24 ● BE:512899213-PLT(27000)
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 日本人にとって元寇は、承久の乱(1221年)とともに鎌倉時代における2大事件の1つです。また、台風が結果的に日本に味方したことから、後年の「神風」信仰の発端ともなりました。そうした背景もあり、日本では小学校の段階から元寇が教えられ、元寇を知らない日本人はほとんどいないと思われます。
 では、もう一方の当事者である中国側はどうなのか? 
 筆者は友人の中国人に「元寇(中国語では「元日戦争」)を中国人はどう見ているの?」と尋ねてみました。すると、友人の反応は、あまりにも意外なものでした。「元寇って何?」と逆に聞き返してきたのです。
 戸惑いを覚えつつ「元朝が日本に侵攻した時の戦争だ」と説明しても、「本当にそんなことがあったの?」と真顔で言い返されました。その友人は、「日清戦争や日中戦争があったことはもちろん知っているけれど、中国が鎌倉時代の日本へ攻め込んだなんて一度も聞いたことがない」とのことでした。

 友人の思わぬ反応に筆者は戸惑い、すぐさま他の中国人の知人たちにも、元寇について尋ねてみました。結果から言えば全滅でした。元寇について知っている中国人は、少なくとも筆者の周りには誰一人としていませんでした。ある友人は両親に「元寇を知っているか」と尋ねてみてくれましたが、年配の両親も知らなかったそうです。
 友人曰く、元朝ことモンゴル帝国がヨーロッパや東南アジアを征服したという事実は、確かに学校の授業で習ったそうです。しかし、「日本にまで攻め込んだという事実はこれまでまったく習ったことがない」「義務教育ではまず教えられていない」とのことでした。
 またその友人によると、そもそも中国の学校で教える歴史は中国共産党の設立(1921年)以降が中心とのことです。それ以前となると、比較的時代の近い明朝や清朝を取り扱うことはあっても、他の時代はごくあっさりとしか教えていないそうです。つまり、元寇は、中国の学校では基本的に教えられていないのです。
 筆者が思うに、中国の王朝の中で元朝は人気が低いということも影響しているかもしれません。漢民族ではなくモンゴル民族による王朝ということもあり、現代中国人は「元朝は別枠」と捉えているようにも見受けられます。そのため、元朝の歴史自体にあまり関心がない、ということはあり得ます。

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65896

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1: パリビズマブ(神奈川県) [GB] 2021/03/28(日) 13:31:45.33 ● BE:123322212-PLT(14121)
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【3月28日 東方新報】中国国家文物局は20日、長江(揚子江、Yangtze River)上流域文明の中心とされる四川省(Sichuan)広漢市(Guanghan)の
三星堆(Sanxingdui)遺跡で、約3000年前の黄金の仮面などを新たに発見したと発表した。中国王朝の起源とされる黄河文明と異なり、
いまだ謎が多い「神秘の国」の実像を調べる手がかりとなりそうだ。

 三星堆遺跡は四川省成都市(Chengdu)から北へ約40キロ、成都平原北部に位置し、古くは5000年近く前までさかのぼる。
面積は約12平方キロで中央には城壁のある都市遺構があり、古蜀国の中心地とされる。遺跡は1920年代末に広漢市の三星堆で見つかり、1980年代に発掘を開始。
祭祀(さいし)坑や宮殿建築、住居跡、墓地、城壁などが確認された。

 当時、世界に最も衝撃を与えたのが青銅器や金製品の出土品だ。笑みを浮かべて目が飛び出した現代アートのような異形の「青銅縦目仮面」、
全長4メートルに及ぶツリー状の「青銅神樹」、青銅製人物立像としては世界最大の高さ2.6メートルの青銅立人像、そして青銅器の顔に金箔(きんぱく)の仮面をつけた
「貼金銅人頭像」など、精巧な技術と独創性が注目を集めた。

 発掘が終わった面積は全体の1000分の1程度で、調査は30年以上行われていなかったが、昨年後半から発掘作業を再開。
新たに祭祀坑6基が見つかり、黄金仮面、青銅人物像や酒器、玉製礼器、絹、象牙など約500点が出土した。

 黄金仮面は主に顔の右半分の部分が見つかり、重さは約300グラム。全体の重さは約500グラムと推測され、これまで見つかった金製品の中で最も大きく、重い。
四川大学(Sichuan University)考古文化博学院の于孟洲(Yu Mengzhou)教授は、「発掘した時は何か分からず、大きな金箔としか分からなかった」と振り返る。
四角い顔に大きくくりぬかれた目、三角形の鼻、広い耳。これまでに三星堆遺跡で出土した仮面と同じ形状だ。遺跡から見つかった金製品は宗教的な儀式に関連し、
何らかの権力や地位を象徴していると推測され、古代人の金信仰を反映しているという。

全文
https://www.afpbb.com/articles/-/3338037
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